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1200年の歴史を持つ古都・京都の歴史について解説 - 京都着物レンタルの京越(きょうえつ)

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1200年の歴史を持つ古都・京都の歴史について解説

日本の都市の中では唯一、都を意味する「洛」という言葉で表現される京都。
日本文化の精髄ともいえる景観や文化財を今に伝えるこの地域は、国内外から高い人気を誇っています。
そんな京に都が置かれてから1200年余りが経ちますが、本記事ではその歴史の流れを概観してみることにしましょう。

平安時代

(794年~1185年または1192年頃)
794年に行われた平安遷都。首都機能を現在の京都へと移転するという大事業ですが、これに始まる平安時代は後々の日本文化形成の大きな礎となりました。

国風文化で日本独自の文化が生まれた

平安時代以前の奈良時代までは、あらゆる面で中国の文化を取り入れそれにならっていました。
しかし平安時代に入ると、住宅・服飾・文芸・芸術など広範囲にわたって日本独自の貴族文化が生み出されていきます。
これを総称して国風文化といい、後々の日本文化のベースになりました。

平安時代末期は武士が台頭するように

平安時代は貴族が政権を握っていましたが、その末期には武士が大きな力を持つようになりました。
侍とは「さぶらう」、つまり「仕える者」という意味から本来は貴族を護衛する立場でしたが、平家の台頭と源氏の復権によりやがて武士が政権を担うようになっていきます。

鎌倉~室町時代(戦国時代)

(1185年または1192年頃~1573年頃)
貴族に代わって武士が「幕府」という政権を樹立したのが鎌倉時代の始まりです。
その創設年代には諸説ありますが、これにより「朝廷」と「幕府」という二重政権が併存していくことが日本の中・近世史の大きな特徴となります。

武士の世の中になっても経済の中心地であり続けた

鎌倉時代はその名のとおり、武士政権の本拠が鎌倉に置かれました。
しかし朝廷が消滅したわけではなく、依然としてその権威は尊重され京都は変わらず第一の都市として機能し続けました。

11年続いた応仁の乱によって京都の街は焼け野原に

1336年または1368年に始まる室町時代では、幕府の本拠地が鎌倉から京都に移されました。
室町時代には能楽や茶の湯といった日本文化の振興があり、ある意味では貴族的な風潮が醸成された面もありますが将軍の求心力は決して強くありませんでした。
1467年には将軍の跡継ぎ争いに端を発する応仁の乱が勃発。実に11年にわたって続いた戦乱により京都は荒廃し、その影響は全国に波及しました。
こうした幕府権威の失墜は各地の大名の台頭を招き、戦国時代へと突入していきます。

安土桃山~江戸時代

(1568年~1868年)
室町時代の最末期から関ケ原の戦いまでを指す安土桃山時代は、織田信長と豊臣秀吉による治世期間ということから織豊時代とも呼ばれます。
戦国時代という長い戦乱の世がようやく終焉の兆しをみせ、世情が徐々に安定するかに見え始めた時代ともいえます。
その後に迎えた江戸時代は、初期と末期を除いては戦のない、天下泰平とも称される時代になったのは周知のとおりです。

各地の戦国大名は京都進出を目指した

安土桃山時代に至るまでの戦国時代においても、弱体化したとはいえ室町幕府は健在でした。
将軍権力を補佐して幕府による統治機構を保守しようと考える大名と、そうではなく在地の富国強兵により覇を唱えようとする戦国大名など種々のスタンスがありましたが、多くの勢力が「上洛」を目指しました。
これは当時京都の地が「天下」と呼ばれ、天下人とは入京して将軍権力への接近を実現した者を指したためです。
京都を抑えることは、全国を掌握することとほぼ同義のニュアンスを持っていたといっても過言ではないでしょう。

江戸・大阪に次ぐ日本最大級の都市に発展

関ケ原の戦い後、1603年に京都伏見で徳川家康が征夷大将軍に任命され、以降は政権機能が江戸へと移転され江戸時代が始まります。
しかし朝廷のおかれた京都の権威と価値は失墜せず、幕府の直轄地としてやがて江戸・大坂(阪)に次ぐ人口50万人を超える大都市へと発展します。
文化・工芸の先進地であり続けましたが幕府はその力の増大を警戒し、西国大名の参勤交代時には京都へ入ることを禁じていました。

幕末~現在

(1853年頃~)
江戸幕府が終焉を迎え近代へと移行していく時代、京都は動乱の舞台となります。
国都としての歴史的な意義と権威に再び光が当てられた結果、京都では大きく時代を動かす事件が頻発しました。

幕末は数々の政治ドラマが起こった

幕末京都では日本の行く末を左右するような数々の政治ドラマが引き起こされたことは、よく知られています。
これは当時において幕府の求心力が衰退していく中、天皇を中心とした朝廷権威の復権とそれを掲げる勢力が勃興したことも関わっています。
折しも侵略的な外国勢力への危惧から「攘夷」という思想が生まれ、幕府にとって代わろうという意志のもとに活動する藩や人物が続出します。
そうした勢力が京都に集結したため武力を伴う政治運動が活発となり、幕府の治安維持部隊である新撰組などと衝突したことは周知のとおりです。

現在は日本文化を象徴する国際都市に

長らく日本の国都であった京都ですが、明治の代を迎えて御所が東京へと移り、政権の中枢としての役目は終わりを迎えました。
しかしおびただしい数の建造物や文化財、そしてそれを取り巻く包括的な歴史文化を伝える京都は、街そのものが日本文化の精髄といっても過言ではありません。
現在はその文化的価値から日本を象徴する国際都市として、邦人はもちろん多くの訪日観光客に愛されています。

平安京から幕末まで約1100年間にわたって京都は政治と文化の中心地だった(まとめ)

「千年の都」と称えられる京都。
実に1100年あまりにわたって日本の政治と文化の、まさしく中心地だった稀有な都市といえます。
歴史と伝統を守りながらも時代に寄り添う京都は、その魅力を世界中に発信し続けています。

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